当日請求の有給休暇は拒否できるか?

前回のコラムでお約束したとおり、今回は労使トラブルは私人間の基本原則(民法第1条)にもとづいて解決されるということを年次有給休暇(以下「年休」と表記)の請求をめぐるトラブル事例をあげて解説してみたいと思います。

まず、貴社の就業規則には、“年休を取得しようとするときは取得日の〇日前までに届け出なければならない”旨の定めがあり、この就業規則が周知されていたとします。にもかかわらず、ある日、従業員から、当日の朝になって、電話で「今日は年休で休みます。」との申し出がありました。このような申し出を受けた場合、貴社としては、就業規則の定めを根拠に年休の取得を拒否しますよね。

すると従業員が、「それはおかしいじゃないですか! 労働基準法には、年休は労働者が請求する時季に与えなければならないと定められているじゃないですか!」と返答してきました。

これに対し、貴社は
「そんな事を言っても就業規則にきちんと請求期限の定めがあるのだから、それを守られていない急な年休の取得が認めらるわけないだろ!」と反論します。

すると、少し法律を勉強している別の従業員から、
「それはおかしくないですか? 労働基準法92条1項には、就業規則は法令に反してはならないと定められていますし、労働契約法13条にも就業規則が法令に反する場合には、それに反する部分については就業規則は適用されないと定められていますよ。
年休を取得する場合には〇日前までに届け出なければならないという就業規則の定めは、年休は労働者が“請求する時季に”与えなければならないという労働基準法39条5項の定めに明らかに違反しているのですから、年休の請求期限を定めた就業規則のその部分は適用されないことになるはずですが。」 と言われました。もっともらしい主張です。

さて、このように言われた場合、貴社なら(ウッ、就業規則よりも法律のほうが優先さ 
れるのは当然だし…。と、)返事に窮することになりませんか?
もし、返事に窮するとすれば、それは労働基準法の条文だけを見て四角四面に解釈しているからです。

労働基準法など、各種の『法律の条文は、正当な権利の行使の場合にのみ適用されるのであって、相手方を困らせる不当・不法・違法な権利の行使の場合には適用されない』ということを覚えておいて下さい。
逆に言えば、正当な権利の行使であれば、人を殺すという違法な行為であっても許されるのです。(刑法第36条:正当防衛)

つまり、労働基準法39条5項の定めも「(正当な権利の行使の場合、)年休は労働者の請求する時季に与えければならない。」と読み替えることができるのであり、急に年休を取られると会社が困ることを知っていながら、労働者の権利だとして当日になって年休を取得するような不当な行為までを保護するものではないのです。
当日になって急に年休を取得しようとする理由が、不当・不法・違法な目的や動機によるものである場合、正当な権利の行使とは言えないことから、労働基準法39条5項の定めの適用を受けることはできないと解されるのです。

つまり、相手方を困らせることを知りながら行う不当・不法・違法な権利の行使(行為)こそが“権利の濫用”と言えるのです。 私人間の関係を規定した民法第1条第3項においても労働契約法第3条第5項においても、権利の濫用は認めないことが明記されています。

ただし、当日になって突然年休を取得する理由や目的が、自身が急病になったことによるものや、親族が急死したり、事故にあったり急病になったりしたことによる看病等のためであるのであれば、急な休暇の請求もやむを得ないと言えます。このような理由や目的による急な年休の取得はやむを得ないものであり、権利の濫用とは言い難いことになります。

つまり、どんな場合でも当日の年休取得が権利の濫用として認められないというわけではなく、その理由や目的によって法律の保護を受けられる場合もあれば保護を受けられない場合もある、ケースバイケースであるということです。

このように見ていけば、労使トラブルは最終的には労働基準法ではなく、前回ご説明した民法(第1条)で解決されるということがご理解いただけたのではないでしょうか?



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